秋もたけなわ 〜前哨戦
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


秋の陽は釣瓶落としとは よく言ったもので。
ほんの1カ月ほど前ならば、
同じような時間帯、同じように陽が沈んだ後には違いなくとも、
何とはなく まだ白々と明るかったものが。
このごろでは
日暮れだねぇと思ったそのまま、ちょっと油断すると、
あっと言う間に真っ暗になっており。
家の中だの、店の中や建物の中にいると、
ますますのことピンと来ないけれど。
照明のない一角なんぞへ踏み込むと、
まだ早い時間のはずなのに驚くほど暗くて、


  怖い想いをしかねない。




 「さっきはよくも偉そうにしてくれたよな。」
 「他の客の目があったしな。
  勇気出して注意しましたってことで、
  ヒーロー扱いもされてさぞや気分もよかっただろうよな。」
 「お陰で俺ら、余計な恥かいちまってよ。」
 「なあどしたよ。もう勇気とやらは出ねぇのかよ。」


JR駅の裏手の寂れた通りの突き当たりに、
不法投棄の不燃ゴミ置き場同然というほどに、
壊れた自転車だの、縁の割れた一升ビンケースだの、
持ち主も定かじゃなさそうなあれこれが
汚れたまんま乱雑に積まれて散らかった、
名ばかりの駐輪場らしいスペースがあって。
昼のうちなら人の通行もなくはなく、
ただの散らかったゴミ捨て場なのだが。
陽が落ちてしまうとビルの陰が重なることもあって、
妙に真っ暗な闇溜まりになってしまい、
そこへ潜むと 誰がいるやらも道の側からは判らない。
そんな怪しい暗がりから、ぼそぼそとした声がする。
複数分の青年のそれだろう、低く凄みを帯びた声しか聞こえぬが、
彼らが刺々しく八つ当たっている相手も 間違いなくいるようで。
話の様子からして、

 「おおかた、
  コンビニかどこか 衆目の中で
  行儀の悪さを注意されたんでしょうね。」

 「で。
  恥をかかされた〜なんて逆恨みをして
  そのお相手を待ち伏せして。
  此処へ引っ張って来たというところかと。」

 「……

 「ですよね、サイテーです。」

 「反省するどころか、
  腹いせに痛ぶってやろうぜとかどうとか、
  ますますもって情けないことへ
  一致団結したらしいチンピラですもんねぇ。」

あ〜あ、やれやれと
肩をすくめる様子さえ浮かびそうな
いかにもな呆れ口調が堂に入ったお声が、
少しも忍ばせずの、
しっかとした張りをもって立ったものだから。

 「な…っ。」
 「誰だっ!」
 「利いた風な口 利きやがってっ。」

こういう行為、
見られたとしても後難恐れて
見ぬ振りする大人しか知らなんだのか。
それにしては ぎくりと肩震わせて、
周囲の夜陰を見回した青年たちが何人か。
コシのなくなったジャケットや、
くたびれたローライズをまとった面々が、
せわしくもキョロキョロして見せたのへ、

 「何ぁんだ、やっぱ人の目は怖いんだ。」
 「こんな物陰で
  コソコソ仕返ししてるくらいだしねぇ。」

ますますのこと小馬鹿にしたような口調になって、
嘲笑交じりの居丈高に言い放った存在が、
よくよく見やれば道の側、
接触が悪いのか、時折パチパチと光源が弾けるように消える
意地の悪い街灯の下に立っており。

 「…?」
 「お前ら…。」

声から察しても若い女らで、
自分たちもそれを有利とまとっていた暗がりの中、
輪郭しか伺えない相手は、3人だとだけ判る。
さほど大柄でもなし、立ち姿はすっきりしたもの。
挑発的な物言いは、だが、
ドスが利いてもなければ、品のない薄っぺらな声音でもないし、
人を見下してるようなそれながら、話し言葉自体は特に汚くもなく。
今の今、こんな場末の暗がりに立ってこそいるが、
本来は…自分たちのような、
ふらふらと出歩く人種ではないような感触がしないでもない。
見せもんじゃねぇんだと凄んで追い払おうか。
それとも そんな高飛車はやっぱ許せんと、
こっちの、半端にヒーロー気取りだったおっさんと一緒くたにビビらせて、
最後に幾らか巻き上げてやろうかと。
咄嗟に決めかねた隙が出来たのも、
何か空気が、いやさ雰囲気がおかしいなと、
そんなところを感じ取ってしまった彼らだったからであり、

 「結局は弱腰な相手にしか怒鳴れない、
  器の小さい連中なんだ。」

 「ホント、頭数いてもそれってウケるー。」

わざとらしい言いようで、やはり挑発する少女らなのへ、

 「こんのっ!」

さすがに頭に来たのか、一人が踏み出して来かかったようで。
じゃりっザッザッと、
砂のまぶされたコンクリートを靴底が強く踏み込んだような音が立ったが。

 「  うあっ!」

暗い中に響いたのは、
意外や意外、野太い男の声のほう。
えっと残りの面々が目元を眇める中、
ガツンという鈍い音がしてから、
ばさバタンと服の乱れる音に重なり、
何かが倒れ込んだ重い物音が響いたものだから。

 「おい、カツヤ、どうした。」
 「何だよ、ふざけてんじゃねぇよ。」

街灯を背にしていた相手の側も、
ササッと動いたようではあったけど。
足音や揉み合いの気配の立った後、
何事もなかったかのように元の位置へと戻っているのが、
こっちにすれば不気味でならぬ。
しかもそこへ、

 「どうかしました?」
 「もっと遊んで差し上げてもよろしいのよ?」

うふふ、くすくすと、
若々しい少女らの声が、そりゃあ楽しそうに、だが、
軽く畳まれた側にすりゃあ、
底意地悪くも聞こえるような言いようを重ねるものだから。

 「て、てめぇ…っ。」

残りのうちの一人が、
頭に血が昇ったか 語気を荒らしていきり立ったものの、

 「ま、待てって、ヨージ。」

別な一人が慌てたように引き留める。
腕を掴まれたか、たたらを踏んだような乱れた足音が立ち、

 「何だよっ、やられっぱなしでいいのかよっ。」
 「だからっ。こいつらあれじゃねぇか?」

彼には心当たりでもあるものか、
そして、だったら厄介な相手だということか、
必死の小声は語尾が掠れていて、

 「ほれ、最近伸してきたっていう、
  セレブレディースとかいうのがいるって。」
 「あ……。」

ここいらは、大雑把な話として、
都内全域を支配下に置くと言われている、
かの有名な六葩会という広域組織が一応の勢力下としてはいるが、
具体的には“縄張り”扱いで仕切っている訳じゃあない。
祭日じゃあなくとも結構にぎわう繁華街を抱えているのに、
駅ビルだのマートビルだのに入っているお堅い店舗はともかく、
水商売系の店々などへ
“みかじめ料”を取ることでまとめている顔役もいないし。
場末の路上での露店だ呼び込みだに紛れて
怪しい商売をする輩が絶対にいないとも言えないが、
それらがおっかない筋の下っ端だったという話は聞こえない。
そんなせいかどうなのか。
宵から夜更にかけての危なっかしい時間帯。
近隣の高校生だの集団でバイク走行する困ったグループだの、
いわゆる 柄の悪いのが、
忘れたころに思い出したように蠖いては暴れて問題視されもするという、
安寧なんだか無法地帯なんだか、そのときどきで微妙な土地柄なのだけれど。

 「お巡りさんを呼んで来たところで、
  この場はパッと逃げるだけの話なんでしょう?」
 「せっかく叱ってもらえたのに、
  反省しないで 仕返し企てちゃうんじゃあねぇ。」

やぁねぇと、またぞろくつくつと笑う様子が
女子高生の立ち話風でありながら、
いかにもな余裕を滲ませてもいるものだから、

 「あ、まさか。」
 「間違いねぇって。」

ここいらで噂になりつつあるという、
このシルエットが相応な、とある少女らが相手だとしたならば、と。
ああまで意気込んでた男衆が、途端にしおしお萎れ出しての曰く、

 「見かけによらず凄げぇ強くて。
  ぼっこぼこにされたあと、
  それを広められたくないなら、金置いて大人しくどっか行けって。」

   …………はい?

 「言う通りにしないと、
  六葩会の伝手を呼んで、
  今度はどこへ逃げても追い詰めさせるからって。」

 「ひえ。」

それってマジか? おうマジマジと。
生き残りの顔触れがごそごそ相談し合っている様の、
一転して腰の引けている卑屈な様相がそれもまた可笑しいか。
よほどに夜目が利くらしい三人のお嬢さんがた、
特にイラッと切れるでもないままの余裕にて。
腰に手を当てていたり、
口元へと小じゃれた形に折った指を当てていたり、
小さく笑い続けつつの、立ち姿のままでおいでだったのだけれども。




  「……紛らわしい真似はよしてもらいましょうか。」


   ………っ!?


不意打ちとは正にこのことか。
先の唐突な声掛けも青年たちを浮足立たせたようだったが、
今度のお声はもっとくっきりとしていたものだから。
居合わせた全員が、
文字通りのぎょっとしたそのまま
その場で小さく飛び上がったほどに躍り上がってしまっておいでで。
しかもそこへ間髪入れずになだれ込んで来たものがある。

 「…っ。」
 「うわっ!」
 「きゃあっ。」

かかかっと音がしたんじゃなかろかというほどもの、
濃密で強烈な明かりが閃いて、
あっと言う間に、暗がりだった路地を真昼のような明るさで満たした。
道を挟み込む両側の、店舗を兼ねた家並みもほとんどが無人であり、
そうまで人の気配のない場所だからこそ、
最初にゴロ巻いてた不良さんたちも、
此処を根城にしていたらしいほどなのだが、

 「何をどこまで真似たものかと思えば、
  頭数と背格好だけですか。」

そんなお声が聞こえたのへ、
思わずのこと腕で目元を庇ってた彼らのうちの、
後から現れて居丈高に振る舞っていた顔触れが、
あらためてギョッとすると、慌てたように周囲を見回している。
明るい中で見直しても、間違いなく高校生くらいの少女たちだったが、
つけまつげに口許濡らしまくりのグロスという、
イマドキのメイクをきっちりと施されたお顔といい。
小型トレーラーに乗せられた、サーチライトからの照射を浴びて、
その輪郭がばさばさなのがありあり判るほど、
手入れの行き届かぬまま薄茶や金に染められた髪といい。

 「最初からそういうご容姿だったのでしょうか。」
 「あの手抜きケアで、
  アタシたちに似せた末だなんて言われたくありませんわ。」

ぶるるっと肩を震わせたのが、
濡らしたようにつややかな金の髪を華奢な背へと流した、
色白な細おもてのお嬢さんなら、

 「袋だたきにしたというのは、
  あっちの路地に潜んでたお仲間の仕業なんでしょね。」

やれやれという苦笑を浮かべ、
小首を傾げた赤毛の少女があっちと指差したのを見て、
先に居合わせた3人の少女らが、はっとするとそちらを見やる。
合服なのだろ、白ニットのベストに長袖ブラウス、
チェック柄のリボンタイに、
同じ柄のミニスカートというお揃いの制服姿の彼女らへ、

 「もうおらぬぞ。」

ぼそりと低い声を掛けたのが、
これまた銀幕から躍り出て来たような美少女であり。
けぶるような軽やかな綿毛の金の髪に、
鋭角に整ったお顔のクールビューティだったのへ、

 「あ、あんた…っ。」
 「知ってるようだな。」

真っ向からの“物”あつかい、
指を差された不躾ささえ弾き返した眼光の鋭さよ。
この結構な不機嫌さにある彼女にしては口数が多い方。
それも含めてのこと、
見るからに怒っておりますと、
細い眉をきゅきゅうっと絞り上げているのが、

 “怖い怖い。”
 “わたしたちも初めて見ますよ、この級は。”

一緒した七郎次や平八でさえ、
視線を合わせるのがおっかない、紅ばらさんこと久蔵殿であり。
恐らくは彼女に似せたつもりらしい、
クルクルとカールさせた金の髪を頭頂へと盛った子よりも。
ストレートヘアを、金というより白髪ほども色抜きした子を
ともすりゃあ困ってるような顔つきで見やっておいでな彼女には
敢えて触れずとした上で、

 「あっちの男衆は、
  あんたたちが言い出しっぺだって主張してますが。」

小型トレーラーで路地の入り口を塞いでいるため、
居合わせた顔触れには逃げ道もなくて。
もう片やの通りの端には、
これもいつの間にか、
スーツ姿のお兄さんやショルダーバッグを提げたお姉さんやらが、
ぞろぞろと10人近く立っておいで。
彼らの向こうには、移送車なのだろうボックスカーが停車しており、
それを指差したひなげしさんなのへ、

 「じょ、冗談じゃないわよ。」
 「女が3人要るっていうから、アタシこの子ら呼んで…。」
 「そーよ、タカシが言い出したんじゃんよ。」

Qタウンで騒ぎ起こしたら
どっかのお嬢様が正義の味方ぶって出て来るのが鬱陶しいって。
そうよ、そいでそいつらこそが非行してんだって噂立てたら、
本当にいいトコの子らしいから、
評判落とされるのが怖くなって出て来れなくなるんじゃあって言ってサ…と。

 「訊いてもないのに。」
 「ですね。」
 「自供してくださいましたよ、佐伯さん。」
 「のようですね。」

ウエストカット丈で、襟がジレみたいな仕立てのゆるふわジャケットやら。
一昔前ならハレムパンツと呼ばれただろう、
腰回りに余裕のぶかっとしたティパードパンツやら。
さりげなく今風の装いをしながらも、
決して蓮っ葉な印象はしない、
芯の立ってる存在感が十代離れした少女らの狭間から
ひょこっとお顔を出した佐伯刑事が、
向背に控えていたお仲間へと合図を送り。
場末でひっそり起きていた奇妙で微妙な諍いに、
それに勝るほどの意外な結末をつけたのであった。







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  *な、長々と綴った割に、
   後半がどう運ぶかはもう目に見えてますよね。(おい)
   ちゃんとした構成力が是非ともほしいです…。


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